50回忌
50回忌というと大昔というイメージがありましたが、
今年は1970年、昭和45年が50回忌のあたり年です。
1970年といえば大阪万博の年です。
と同時に私が生まれた年でもあります。
ついに数えで50になりました。あっという間に、いつのまにか生きてしまいました。
50回忌というと大昔というイメージがありましたが、
今年は1970年、昭和45年が50回忌のあたり年です。
1970年といえば大阪万博の年です。
と同時に私が生まれた年でもあります。
ついに数えで50になりました。あっという間に、いつのまにか生きてしまいました。
お参りに車で向かう途中、ちょうど私の車の前にパトカーが走っていました。
その瞬間、別に悪いことをしているわけでもないのに不安になりました。
そう、法衣を着ていたからです。最近なにかと話題にあがりますよね。
私の感想としては、法衣をつけながらの運転、ほとんど問題ないと思います。モコモコのダウンジャケットを着て運転するほうが運転をしにくいと思います。
しかし、まだ若いころ、法衣を着慣れていない頃はさすがに運転もしづらかった記憶があります。着物はハダけますから、ハダけないように運転しようとすると窮屈に感じたのかもしれません。
やはり、慣れですかね。
あけましておめでとうございます。
世界が安穏な1年でありますよう願っております。
年越しの準備は何とかできました。
あとは新年を待つのみです。
その前に除夜の鐘があります。今年は天気も良さそうで、大晦日も寒くなりそうです。
除夜の鐘にみえる人も、暖かい日より寒い日のほうが多く、さらに雪が降ると多くなります。逆に雨が降ると激減します。
またぜひお待ちしております。
写真は境内の裏に植えてあります柑橘系の木です。実はかなり大きく直径20センチはあります。食べれませんので鑑賞用になります。
またお立ち寄りの際には見て下さい。
今年もあと一か月を切りました。なんだか気ぜわしいです。
毎年思うのですが、暑い夏から少し涼しくなり始めるとすぐ年末正月ですね。
今年も除夜の鐘をやりますのでぜひお越しください。
今年も報恩講が勤まりました。
昨年より11月1日から3日まで、1か月早めました。そのおかげもあって、報恩講前のおみがきもまだ暖かったです。
そして本番の日も少しストーブをつけた時もありましたが、一方では蚊にさされながらの報恩講でした。
あと少しで報恩講です。
境内に彼岸花が咲いてました。かなり季節はずれで、地面を見てみるとすでに彼岸花の葉が出てきています。
考えてみたら彼岸法要から1ヶ月がたつんですね。
今年もあと2ヶ月ちょっと。
本当に早いですね。なんかあせります。
そんな中、彼岸のお勤めをしました。
暑い時は早く涼しくなれと思うし、寒くなれば早く暖かくなれと思う。早く、早く、時間が経てと思いながら、さっと年月は流れていきます。
昨日までの雨が嘘のように晴れ、少々暑い中、秋の彼岸会が勤まりました。
さて、次はいよいよ報恩講です。11月の1、2、3日に勤めます。
今年もあと3ヶ月と少しですね。
かつて彼岸花は墓場の花というイメージから忌み嫌われていましたが、
最近は花展でも見ることが増えました。
赤い曼珠沙華、そして、黄色や白の彼岸花もみかけることがあります。
まだまだ蒸し暑く、不快指数は高いですが、彼岸花を見ると、あとわずかだ頑張れと言われているような気がします。