真宗大谷派廣讃寺

法話コーナー

ぜひお聞きください

僧侶

私の思い描いている僧侶とは、
よく見聞きし冷静な人、人間関係もしっかりとし、仏道を歩む者として常に自覚のある人、そして誠実そうにみえる人だ。
しかし、私自身はそれに当てはまらないので本当に向いてないと思う瞬間がたびたびやってくる。その都度それをどうごまかしたらいいのかと考えるのだが、それでは解決にならないとわかるとまた恐ろしいほどの虚しさに襲われる。
親鸞のいう愚禿という重く深い自覚ではなく、軽いチャラチャラとした感覚なので話にならない。
僧侶の格好をしているだけ、それをし続けるというのもそんなにいいものではない。
「どんな仕事でも大変だ」という言葉で片付ければ簡単なんだが、それではもっと浅い。自分は何をしているのか?何のために?
いろんなお坊さんと交流するのだが、皆、何をするために僧侶になっているのかの理由探しをしているのだろうか。もちろん、食べていくためにこうするああするということもあるだろう。
僧侶というのは真面目に生活していれば普通に済んでいくものかと考えてしまう。抑圧みたいなものに耐えられなくなり全国ところどころでいろんな事件を起こすんだろうな、僧侶が。
周りのことに振り回されず、生きていくというのはどんなことなのかを、より真剣に考えるのが僧侶として大切なのかと。

2017-01-26